T.H.ダベンポートのいう「ナレッジ・マネジメントを支える5つのキーコンセプト」
に従い、それらを掘り下げていく。
暗黙知の概念は、物理学者であり、また哲学者でもあったマイケル・ポランニーに遡るもので、
「我々は、言葉にて語り得るよりも多くのことを知っている。」
マイケル・ポランニー(佐藤敬三訳)『暗黙知の次元−言語から非言語へ』紀伊国屋書店(1980)
という暗黙知の概念を、野中郁次郎がナレッジ・マネジメントに適用したものである。以下、野中郁次郎の理論である。
欧米の伝統的な認識論においては、知識とは「正当化された真なる信念」と定義されているが、信念(主観)と正当化(客観)の相互作用に知識の本質を見るのであり、人間の信念を真実へと正当化していく実践的でダイナミックなプロセスそのものが知識なのである。
知識は、その性質上、「暗黙知」と「形式知」に分けられる。
従来のナレッジ・マネジメントは、主に形式知に注目してきたのであった。しかし、組織的知識創造の源泉は、この暗黙知と形式知の相互補完的循環運動にある。
出典:野中郁次郎「組織的知識創造の新展開」『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス』第24巻5号(1999.9)
まず、一個人が暗黙知を有していることから始まるのであるが、
長い間、支配してきたハーバード・サイモンを代表とする組織論は、人間を情報処理システムと見て、組織は個人の情報処理能力の限界を克服する手段であり、そのために、階層構造や分業体制を作り、専門化するという理論であった。
しかし、SECIモデルは、組織を単に人間を管理する手段ではなく、個人が自己の成長を達成させるための、自己超越の場であると捉えるのである。
コート化戦略と個人化戦略は、知を他者に移転させるに当たって、企業がどのようなアプローチを基本としているかを示すものである。以下は、知を活用するコンサルティング・ファームに学ぶ「知」の活用戦略である。
コード化戦略 |
個人化戦略 |
|
競争戦略 |
コード化された知を再利用することによって、高品質で信頼性が高く、敏速や情報システムの導入を提供する。 |
一人一人が専門分野を結びつけることによって、高度な戦略課題に対して、想像性のある分析に基づいたソリューションを提供する。 |
経済モデル |
再利用の経済
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専門性の経済
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ナレッジ・マネジメント戦略 |
人対文書 |
人対人 |
IT |
ITに多額の投資をする |
ITには中程度に投資する |
人材 |
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例 |
アンダーセン、E&Yなど |
マッキンゼー、BCG、ベインなど |
コード化戦略と個人化戦略のどちらを選択するかは、その企業が顧客にどのようなサービスを提供するのか、その業種にどのような経済的特徴があるのか、どのような人材を雇用するのかといった要素に左右される。
コード化戦略は、知の再利用によって価値を生み出す。個人化戦略は、知のネットワーク化がカギである。
コモディティ(日常)商品や成熟商品を提供する企業の場合は、知のデータ化や再利用に重点が置かれ、カスタマイズ商品や画期的な商品戦略を志向する企業は、人対人の知の共有を重んじる。
両方の戦略を追求しようとすると、それらの中から必然と矛盾が生じる。単純なところでは、コストダウンと専門性は共存しない。
ナレッジ・マネジメント戦略は、競争戦略に従うべきである。そして、経営陣は、顧客がなぜ競合ではなく自社の製品を購入するのか、その理由を把握しておかなければならない。
もし、それを把握できていないのであれば、ナレッジ・マネジメント戦略は実行に移すべきではない。誤った選択をしかねないからである。
この概念は、知に対して個人の所有権を認めるというものである。個人が知を放出するならば、しかるべき対価を受け取るべきである。いわば、あらゆる組織が知識マーケットであり、知はそこで他の価値あるものと交換される。その対象となるのは、金銭、尊敬、昇進、その他の知などである。
この考え方は、「学習する組織」を思考する過程から発展してきたものである。学習する組織では、仕事上、共通の関心を持っている人々がネットワークを形成すると、知が最もよく流通するといわれ、場の参加者たちは必ずしも同じ組織に属していなくてもよい。
学習する組織とは、その言葉を広めたピーター・M・センゲは
「人々が継続的にその能力を広げ、望むものを創造したり、新しい考え方やより普遍的な考え方を育てたり、集団のやる気を引き出したり、人々が互いに学びあうような場」
ピーター M.センゲ『最強組織の法則』徳間書店(1995)
と定義しており、さらに、このような目的を達成するために、5つのツールを提唱している。
学習する組織については、野中郁次郎も知識創造企業というコンセプトを提唱し、
「新しい知識を作り出すのは何も特別なことではなく、その組織の中では誰もが知を生み出す成員として振る舞い、存在するような組織」
野中郁次郎「ナレッジ・クリエイティング・カンパニー」『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス』1992年3月号.
と定義している。
しかし、このような定義は、抽象的もしくは理想的であり、具体的なところがわかりにくく、なかなか実際的な行動のガイドとはなりにくい。そこで、具体像を考えるのに、重要な三つのM(Meaning:定義、Management:マネジメント、Measurement:評価尺度)に則して実践プロセスに掘り下げたのが、デイビッド A.ガービンであった。以下、デイビッド A.ガービンによる実践プロセスである。
学習する組織は、知識の習得と業績向上に関する長期的なプロセスであるという点では、おおむね合意しているようだが、そこから先は見解が分かれる。このような不協和音のなか、ここでは学習する組織の定義を「学習する組織とは、知識を創造・習得、移転するスキルを有し、既存の行動様式を新しい知識や洞察を反映しながら変革できる組織である」とする。
この定義においては、学習にはまず新しい知識を得ることが不可欠であるという、きわめて単純な原則を基本としている。そして、新しい知識を創造したり、獲得したりするだけでなく、知識を実際の行動に反映させることが必要である。行動に反映させることがうまくいっている企業では、学習プロセスをうまくコントロールして、偶然ではなく意図的に行動に反映させている。
学習する組織は、マネジメントにおいて、次の5つが長けていなければならない。
このポイントは、正確さや論理性であり、社員は論理合理的な思考を訓練したり、日常においても些細なことを見逃さない態度が求められたりもする。
日常業務における実験とモデル・プロジェクトに分けられる。
自社の成功や失敗を振り返り、それらを体系的に評価し、そこから得られた教訓を記録し、社員たちにわかるように整える必要がある。
「会社が生産的失敗と非生産的成功の価値の違いをわかるかどうか、その認識レベルにある。生産的失敗とは、洞察や本質的理解を導き出し、既存の組織知に何かをプラスするような失敗のことである。一方の非生産的成功とは、うまく言ったものの、誰もその理由に気づいていない場合である」
David Nadler, “Even Failures Can Be Productive”, New York Times, Apr.23, 1989, Sec.3, p.3.「失敗から得られる知識が次の商品の成功のカギになることは明らかである」
Modesto A. Maidique and Bille JoZirger, “The New Product Learning Cycle”, Research Policy, Vol114, Mo.6 1985, pp.299, 309.
要するに、失敗こそ究極の教師なのである。
あらゆる学習が自分の経験によるわけではない。最も優れた洞察は自分の周囲ではなく、斬新な見識を備えた外部から得られうる。それは、異業種の企業ですら、創造性の源、あるいは触媒になることがある。他社に学ぶこと、別な言い方をすればベンチマーキングである。
ロバート・キャンプの言葉を借りれば、ベンチマーキングとは、
「日常業務について調査することで得られる学習経験であり、ベスト・プラクティスを見つけ出し、分析し、採用し、実行することを可能にすることである」
Robert C. Camp, Benchmarking: The Serach for Industry Best Practices that Lead to Superior Performance, ASQC Quality Press, 1989, p.12.
ベンチマーキングは、社外の視点を得るための一策だが、ほかにも有力なアイデアをもたらすものがある。それは顧客である。顧客との対話は貴重な学習機会を提供するものである。要するに、顧客は自分がどうしたいのかを最もよく知っているからである。
社外の情報源が何であれ、これを受け入れる姿勢がなければ学習は起こらない。マネジャーに防衛的な態度はご法度であると同時に、非案や問題にはオープンなスタンスで除くことが求められる。難しいことだが、成功するには不可欠な姿勢である。学習する組織には、オープンで、人の話に耳を傾ける文化が必要なのである。
学習がその場限りで終わらないようにするには、獲得された知識は組織全体にすばやく移転・共有されなければならない。アイデアを移転させるにはさまざまな方法がある。たとえば、書面や口頭、ビジュアルによるリポート、見学会や訪問、人事ローテーション、教育研修、標準化などが挙げられるが、それぞれが、メリットとデメリットを持ち合わせている。
マネジメントの原則のひとつとして、「測定できないものは管理できない」とされてきたが、この原則は他の目標と同じく、学習にも当てはまる。しかし、学習プロセスを正しく把握し、より包括的なフレームワークが必要である。
組織学習は通常、三つの段階(それぞれがオーバーラップしている)で説明できる。
第一段階及び第二段階が選考するので、学習をきちんと測定するには、結果だけではなく、三つのプロセスすべてを把握しなければならないのである。
初めの一歩は学習に適した環境を整備することであり、それにはまず社員が過去を振り返ったり、広く情報を集めたり、分析したりする時間を確保する必要がある。トップが社員に向けてその時間を自由に利用できるよう、明らかにしないと学習は促進されない。また、付与された時間を効果的に使う基本的スキル(ブレーンストーミング、問題解決、イベント評価など)を教育する必要もある。
次のステップは、組織の境界を取り除き、アイデアが自由に交換できるようにポーダレス化することである。組織の境界は情報の流通を妨げ、個人や集団を孤立させ、既成概念をさらに助長してしまう。
このように学習を支援する環境が整うと、意識的に学習する場を作ることができるようになるのである。
以上が、デイビッド A.ガービンの学習する組織の実践プロセスであった。その中で、ナレッジ・マネジメントでキーワードとなるのは、
である。括弧内は、高梨智弘の「知のピラミッド」への勝手な当てはめを試みたものである。
出典:高梨智弘「ナレッジ・マネジメント方法論」法政大学エクステンション・カレッジ『CKO養成講座』第15回レジュメ(2003)
日本語の「場」とは良く言ったもので、「場」という言葉には、人間存在の本質である時間的・空間的要因が含まれている。物理的な場所という意味だけでなく、特定の時間と空間あるいは「関係」の空間を意味しているのである。
知識創造プロセスでは、知識は単に、個人のうちにあるのではなく、個人と個人の関係、個人と環境(組織及び社会)の関係において、すなわち、時間的・空間的な「場」において、生起されるのである。
さらに、「場」はオープンでなければならない。個人は、時間的・空間的な「場」が共有されると全体に制約されるが、同時に、個人は「場」の境界線設定にも参加できるので、個人は全体を変えることもできるのである。「場」というものは公式な組織構造とは関係なく、自己組織的に形成されるべきものなのである。
創造的な仕事に結びつけるためには、人対人、フェイス・トゥ・フェイスでの対話が必要不可欠なのである。
通常の会計システムでは、企業内の知や知的資本などの無形資産を評価できない。これは紛れもない事実であり、さらに、無形資産の評価と管理は重要だが、知を規定化し、その基準に永続的な価値を与えるのは不可能であり、バランスシート自体に計上するのは不可能であるといえる。
しかし、知識集約型組織の市場価値は、会計上の価値を大きく上回るのも事実であり、無形資産の価値を評価し、企業分析の一指標とすることは今後の課題である。
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