「知の経営」序説

はじめに

従来の経営資源といえば、「人・物・金」であり、これらをいかに効率的に利用し、最大の利益を得るかということが、経営の課題であった。今日、情報化社会を迎え、人・物・金に加え、「情報」が第4の経営資源のであるといわれる。しかし、情報が氾濫するようになり、その価値を見定めることが困難となってきている。その情報をいかに利用するか、経営にいかに活用できるか、それが第5の経営資源「知識」という概念の始まりである。

知識とは、そして、「知」とは

ナレッジ・マネジメントとして、「知識」が注目を浴びたきっかけは、野中郁次郎氏の暗黙知と形式知の理論である。知識は、その性質上、暗黙知と形式知に分けられ、「暗黙知」とは、言葉や文章で表すことの難しい身体的な知識のことで、具体的には、想い、視点、メンタルモデル、熟練、ノウハウなどが挙げられる。「形式知」とは、言葉や文章で表現できる客観的で理性的な知識のことで、容易にコード化することが可能であるとされる。

知識は、個人や組織の間の社会的な相互作用の中で創造されるダイナミックなものである。また、知識には、特定の時間や場所といった状況依存的な性質がある。状況に依存しなければ、単なる情報であり、知識ではない。さらに、知識には、コミットメントや信念によって代表されるような個人の価値観に根付いた動的で主観的な側面もある。情報は、情況を与えられ、コミットメントや信念と結びついて初めて知識となるのである。

ここまでが、野中郁次郎氏の「知識」の考え方であるが、これをよりわかりやすい形で、示してくれたのが、高梨智弘氏の「知のピラミット」である。「知のピラミット」では、野中郁次郎氏がいうところの「情報」をより低次元に置き、「情報の上層部」及び「知識」を、「知識・知恵・知心」の三つに分け、それらを併せて「知」と呼ぶ。


出典:高梨智弘「ナレッジ・マネジメント方法論」法政大学エクステンション・カレッジ『CKO養成講座』第15回レジュメ(2003)

事実・数字・観察等のあらゆるものがデータである。情報の英語であるInformationはin-form-ation=「形作ること」ということができ、意味のあるデータである。

ここでは、もちろん経営に知を生かすということを目的にしているのであるから、経営に価値ある情報が知識である。情報が企業の知識となるには、「知の場」を通して公開されなければならない。もちろん、個人が知識を所有しており、その個人が企業に属している分には、企業が使える知識であるといえる。しかし、あくまでも個人の知識であり、企業の知識とはいえないのである。ここに、知の経営の主たる目的が隠れているともいえる。

そして、今の時代、経営革新が求められているわけだが、知識を公開するだけでは一方的なものであり、一部では有効に共有されるかもしれないが、経営全体にはさほどの影響を与えないものとなってしまう。そこでは、活用することが必要であり、その活用する仕組みを作らなければならない。それが、知恵(=行動と融合した使える知識)ということになる。

さらに、仕組みを作っても、それを活用しなければ意味がないのである。組織は、人の集合体なのであり、自主的にそれを活用しようとする意識が必要なのである(例えば、ナレッジベースシステムにより、たくさんの知識を利用できるような仕組みがあったとしても、パソコンを使えない(使おうとしない)のであっては、どうしようもない)。知恵を最適な形で活用できる人の意識が、知心である。個人の知識を公開することも、自主的に行われなければならず、大きく知心がかかわっており、報酬性などを利用したイネーブリングの仕組み(仕組みは知恵である)も必要であり、これが現在の知の経営における課題である。

そして、注意書きとしては、「知」、「知識」、「ナレッジ」という単語は、発意者やコンテクストにより微妙なニュアンスの違いが起こる場合があることに注意する必要がある。

知の経営とは

従来の欧米型ナレッジ・マネジメント

 従来の欧米型ナレッジ・マネジメントの考え方は、情報の活用という意味で、形式知に注目し、知識の収集・蓄積・精製・分配・利用というナレッジ・ベース(ナレッジ・データベースとも言う)システム導入という手段をとってきた。しかし、それは、経営資源として、最も価値のある暗黙知を共有できるものではなく、単なるデータベース・システムと化してしまっていたのである。そのため、欧米では、ナレッジ・マネジメントの導入によって、経営の改善を行うことはできないという風潮ができてしまったのだといえる。

ナレッジ・マネジメントのプロセス

 ナレッジ・マネジメントのプロセスは、「知の創出」に始まり、収集・蓄積・精製・分配・利用に至る一連の流れであり、さらにプロセス全体の監視も含まれる。知の利用について、「知の創出」が最も重要な工程であるにもかかわらず、上述のとおり、欧米では、定式化することの困難さから、知の創出を組織的に実践されることはほとんどなかったのである。

 しかし、日本においては、全体主義的な風土と勤勉さの中から、無意識に「知の創出」をしており、集団としてイノベーションが引き起こされ、自己革新を継続的に起こすことに長けている理由であるという。この中から、野中郁次郎氏は、メタファー・アナロジー・モデルの3つのプロセスからなる「知識創造」、及び、暗黙知から形式知への「知の転換」の初めての理論であったSECIモデル(知識スパイラルにおける自己超越)の理論を完成させ、これが、ナレッジ・マネジメントの注目されるきっかけとなった。


出典:野中郁次郎「組織的知識創造の新展開」『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス』第24巻5号(1999.9)

知識社会、プロセスの重要性

社会は、工業社会から情報社会に変わり、そして、知識社会へ変わりつつある。P.F.ドラッガーも、『ポスト資本主義社会』の中で、ポスト資本主義社会が知識経済であるということを、述べており、さらに、知識の経済活動への適用の三つの方法を述べている。

「第一に、生産工程、製品、サービスの耐えざる向上への知識の適用である。これを最もよく行っている日本で「改善」と呼ばれているものである。
第二に「開発」への知識の適用である。すなわち、まったく新しい異なった生産工程、製品、サービスへの既存の知識の継続的な利用である。
第三に「革新(イノベーション)」への知識の適用である。
経済と社会に変化をもたらすこれら三つの知識の適用は、あわせて、しかも同時に行われなければならない。三つとも等しく必要である。」

これらは、知の経営のキーワードであるといえるだろう。第一の点は、そのままで、継続的改善の精神、そのプロセスの構築が必要となる。これは、国際標準規格であるISO9001やISO14001のPDCAサイクルというものに表れている。第二の点は、ベンチマーキングやTQMといった手法に表れてくる。第三の点においては、リエンジニアリングなどの多くの手法に表れる。3つすべてにおいて共通するのは、プロセスに着目すべきであるということであるだろう。

D.H.ダベンポートは、知識社会における「知識労働者は、プロセスを重視せよ」と述べており、

「企業や組織は、知的作業(知識労働者がデータをインプットし、しかるべき作業を経て、知としてアウトプットするまでのプロセス全体を指す)のプロセスに注目し、ナレッジ・マネジメント業務にこれを組み込むことにより、プロセス重視のナレッジ・マネジメントを実践できる」

とも述べている。

D.H.ダベンポートの世界

ナレッジ・マネジメントを支える五つのキー・コンセプト

  1. 暗黙知と形式知
  2. コード化戦略と個人化戦略
  3. 知識マーケット
  4. 実践の場
  5. 無形資産

ナレッジ・マネジメントを実践するプロジェクト・タイプ

  1. 知の貯蔵庫の構築
  2. 知の移転
  3. 知的資産の管理
  4. 知の転換
  5. 知のインフラ整備

ナレッジ・マネジメントを有効に機能させる三要件

  1. CKO(Chief Knowledge Officer:知識統括役員)の任命
  2. ナレッジ・マネジャーの必要性
  3. 知的サービスの提供者の調整

ナレッジ・マネジメントを支援する技術ツール

  1. 知の貯蔵庫とアクセス技術
  2. 知のデータベース・システムの構築
  3. データ・ウエアハウスとデータ・マイニング・ツール
  4. 知を商品たらしめる電子商取引ツール

知の経営の必要性と目的

本稿をお読みの方は、知の経営について、何らかの目的をお持ちであろう。しかし、その必要性はというと、

  1. コーポレート・アルツハイマーの克服、
  2. 知の創造プロセス、
  3. 知の活用による生産性の向上、

にあるといえる。ポイントは、どちらも、知は人に属し、その人によって組織は構成されるというところにある。

コーポレート・アルツハイマーとは、リストラなどによる人材の流出により、組織の一部が機能不全に陥ることを言う。このようなことがないように、できるだけ個人の知を組織の知とするようにしなければならない。

また、リエンジニアリングの手法で、ITを導入し経営の効率化をはかるのはいいのだが、出来上がった時点から、すぐに陳腐化が始まってしまう。そこにおいても、人材の流出がおこり、新しい知の創造は制限されてしまう可能性があり、知の創造プロセスを確立する必要がある。

さらに、従業員が定式化されたルーチンワークを行うだけでは、経営の改善はもとよりなんら効率化が行われなくなってしまう。知識という価値ある資産を活用して、継続的改善の元に生産性の向上が行われなければならないのである。

参考文献

history of update
ver.1.02/2004.02.08 modify the contents and added links.
ver.1.00/2004.01.26 opened to the public.

「知の経営」推薦図書


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