知識創造プロセス

SECIモデルにおける知識創造プロセス


出典:野中郁次郎「組織的知識創造の新展開」『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス』第24巻5号(1999.9)

野中郁次郎はSECIモデルを利用し、暗黙知を形式知に転換することを試みた。暗黙知は、ノウハウだけでなく、メンタルモデルや信念まで内包していて、SECIモデルにおいて、「表出化」と「内面化」は、知識スパイラルの決定的なステップであり、これらは個人の強いコミットメントが必要であるという。そのうえで、メタファー・アナロジー・モデルという知識創造の3つのプロセスについて、述べている。

暗黙知を形式知に転換することは、表現できないものを表現することであり、そのためのもっとも強力な手段は、比喩的な言語や象徴的な表現を蓄積することである。矛盾する事物や考えをメタファーによって結合させ、次にこれらの矛盾をアナロジーによって解決し、そして、創造されたコンセプトを結晶させ、一つのモデルへと具現化するのである。

メタファー

ここで言うメタファーとは、単に文法的な構造や寓意的な表現を意味するのではなく、異なる文脈や経験を背景に持つ個人が、分析や一般化を必要とせずに、創造やシンボルを通じて、対象を直感的に理解する方法である。メタファーは二つの異なった、そしてかけ離れた領域の経験を、一つの内包的なイメージやシンボルにして合体させる。言語学者のマックスブラックは、これを「一つの言葉に二つの意味」と表現した。縁遠い二つの事物を結合させることによって、メタファーは矛盾や対立を起こす。しかし、これは知識創造に有効なプロセスで、独創的なプロセスを発進させる。メタファーの表現する直感をより明確に定義しようとするとき、複数の意味が対立することがあるが、対立を調和させようとしているのであり表出化の第一歩である。

アナロジー

メタファーがおよそ直感によって導かれながら、一見かけ離れた複数のイメージを結合させるのに対して、アナロジーは矛盾を調和させ、その特徴を明確化させるための構造化するプロセスである。

モデル

モデルは、知識創造プロセスの最終段階で、矛盾は解決され、コンセプトは一貫した体系的な論理によって他者への移転が可能になる。

人間力による知識創造プロセス

野中郁次郎の理論は、言わんとすることは分かるのだが、ダイナミックという言葉の多用によりごまかし、そこからいかなるマネジメントが可能かということには一切踏み込んでいない。それに対して、花村邦昭は「矛盾」と「人間力」による知の創造ということを述べている。

そもそも、知の創造は「秩序(作為)⇔自由(自然)」を基本とした何らかの「間」における矛盾から起こる。マネジメントの基本は、人間力(単純に言ってしまえば、「やる気」である)を養うリーダーシップをとること(そのような組織文化を創ること)と、時として作為的に矛盾を作り出すことであるという。

人間力の高い人材を育てるための人間力経営は、従来の上下関係ではなく、相互関係が基本である。

・管理
→相互学習
(成果評価=対話と激励)

・指示
→相互支援
(挑戦機会=責任感と率先躬行)

・統制
→相互理解
(体験蓄積=自立と検証)

・命令
→相互信頼
(参加的協働=自尊と思い遣り)

このような相互の関係の中では、組織として「自ら矛盾を作り出し、そして調和へと向かう」というプロセスを繰り返すことにより、知は自然的に生まれてくるという。そして、「矛盾→調和→矛盾→調和」の循環の中で、矛盾が起こらない状態が長く続くと、知の創造が停止し、組織が安定志向になっているので、リーダーシップをとって変革への矛盾を作るマネジメントをしなければならないのである。

知が創造される「間」について言及すると、それは、「社会」、社会に属する「個人」、ある目的のために作られる「組織」、そして、その組織による制約と専門化した「個」からなる4極構造の「間」で知の創造は起こる。


花村邦昭「知と経営革命」法政大学エクステンション・カレッジ『CKO養成講座』第26回レジュメ(2004)

花村邦昭自身の図としては点線内のみであるが、いみじくもニュアンスは違えど、左回りに回転させると野中郁次郎のSECIモデルと同じ効果が生まれるのである。「社会」「個人」「組織」「個」のそれぞれの間で4つずつの「知」が生まれる。これには、花村邦昭の「知の構造」観がある。

言語知
理性的言語世界の知

身体知
理性的身体世界の知

関数知
感性的記号世界の知

暗黙知
感性的情動世界の知

人間力のマネジメントは、「個」の強い組織においては非常に有効に機能し、自然発生的に知が創出されてくるであろう。しかし、安定志向に移ってしまい、従来の上下関係にはまっている組織文化を変革させることは、もっとも困難な問題なのである。従来の上下関係から相互関係への移行には、何らかのリスクが必要であるのだが、安定志向の組織文化では自然発生的にリスクへと向かうことは起こらない。その場合、

  1. 外部からの脅威をあおり、
  2. 「意図的に」脅威を助長し、
  3. 変革へのリーダーシップをとること

が必要となり、これこそが作為的に矛盾を作り出すプロセスなのである。

個人レベルでの知の創造

さて、今までは、組織の知の創造プロセスに目を向けてきたが、やはり、「組織は人の集団である」ということを忘れてはいけない。リーダーであるか否かを問わず、有能な人間がいないのであれば、組織が矛盾を調和する能力を見出すこと(組織の知の創出)はできない。また、組織のいかなる矛盾を起こすこともできないし、場合によっては、矛盾が起きていることにも気付かないかもしれない。そこにおいて、有能な人間がどういうものであるのか、注目すべきは、P. F. ドラッガーのいう知識社会における真の「教育ある人間」である。しかし、その前に「新しいアイデア」とはいかなるものかについて、検討しておく必要がある。

新しいアイデアとは

アイデアを作るときの過程

  1. 資料集めの段階
  2. 心の中で資料を整理する段階
  3. アイデアを孵化させるためにその問題から心を離す段階
  4. アイデアが誕生する段階
  5. そのアイデアを具体化する段階

「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない。」
ジェームス W. ヤング(今井茂雄訳)『アイデアの作り方』阪急コミュニケーションズ(1988)

この、「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」というのは、非常に的を射ており、現実的である。一部には、アイデアとは何もないところに一から築き上げるもの、という考えを持つものがいるが、それは非現実的である。我々は、教育、書物、インターネットなどを通して、多くの情報を知り、自分の世界観の現実との一致を見て、それを前提とすることができるが、それを経験的に理解しているかは別問題である。たとえば、地球が回っているということは誰もが知っているが、回っていることを自分で見たものはごく限られているし、それを経験的に理解したものはごく限られている。我々は、地球が回っているということを自分の世界観の現実との一致を見て、そうだと信じているに過ぎないのである。

そして、アイデアとは何もないところに一から築き上げるもの、という考えからは神学的超越的な部分からしかアイデアは出てこないと結論付けられてしまうため、経営者は後継者を育てることができない。アイデアには前提が必要であり、教育することが可能であるにもかかわらず、である。

上記図が正確かどうかは別として、「マネジメント」というアイデアの場合、我々は多くの前提を踏んでいることになる。ピーター F. ドラッガーは、経営学の祖といわれるが、それまでの社会科学、自然科学上の多くの学問を継承し、経営学という新しい体系を作り出したのである。

経営学は、社会科学の一つに含まれるが、科学はひとつの認識体系であるにすぎず、その他の認識体系より無前提に優位であるというわけではない。しかし、社会学的方法論は科学的認識方法に依拠するのであって、科学の基本を知り、その限界と有用性を再確認することは、社会学並びにその派生にある経営学という営みを進める上で不可欠の条件となるであろう。P. F. ドラッガーは、ある意味では、社会科学の何たるかを知り、その上で研究した結果としての必然であったのかもしれない。しかし、社会科学については別稿に譲る。

知識社会における真の「教育ある人間」

ここでは、ピーター F. ドラッガーの『ポスト資本主義社会』を中心として、知識社会への移行、及び知識社会における真の「教育ある人間」について触れる。

フレデリック W. テイラー(1856-1915)の「仕事が研究され、分析され、その各々が適切な方法、タイミング、道具による一連の単純反復動作に分解される」という考えは、知識にかかわる歴史に大きな影響を与えた。熟練であれ未熟練であれ、すべての肉体的仕事は知識を適用することによって分析され、組織されるというティらーの原則は、彼の同時代に人にとって、途方もない考えだった。技能には秘伝があるという考えこそ、長い間、受け入れられてきたものだったからである。

しかし、テイラーの「科学的管理法」の導入によって、アメリカはわずか二ヶ月から三ヶ月の期間で、未熟練の労働者を訓練する方法を開発し、第一級の溶接工や、その他造船労働者へと変えたのであった。つまるところ、テイラーの考えのもたらした最大の影響は、教育訓練にあった。第二次大戦後の経済大国のすべて、日本を始めとして、韓国、台湾、香港、シンガポールと続いた諸国は、テイラーの訓練によって勃興した。それらの国は、テイラーの訓練のおかげで、工業化前の低賃金の労働者に対し、ほとんど直ちに、世界一流の生産性を付与することができた。こうして第二次大戦後において、テイラーの方法論に基礎を置く訓練が、経済発展のための唯一の有効な原動力となった。知識の仕事への適用が生産性を爆発的に増大させた。

しかしである、深刻な問題がある。それは、最近100年間における生産性の爆発的な向上をもたらし、先進国経済を生み出したものは、「知識」の仕事への適用だったという事実をほとんどわずかの人間しか認識していないところにある。ポスト資本主義社会における生産性の向上もまた、知識の仕事への適用によってのみ実現されるのである。

テイラーが活躍し始めたころ、労働者のうち10人に9人は肉体労働、すなわち製造業、農業、鉱業、輸送業において、物を作ったりは込んだりしていた。ところが、1990年には、労働力人口の五分の一にまで縮小した。2010年までには、おそらく十分の一以下になっている。製造業、農業、鉱業、輸送業における生産性の向上は、もはやそれだけでは富を想像することはできない。今日以降、問題となるのは、非肉体労働書の生産性である。そしてそのためには「知識の知識への適用」が不可欠となる。

今や学位に至る教育によって得られる知識が、個人のそして経済活動の中心的な資源となった。今日では、「知識」だけが意味ある資源である。もちろん伝統的なヒト・モノ・カネが必要なくなったわけではない。しかし、それらは制約条件としての二義的な要素となってしまった。それらの生産要素は、「知識」さえあれば、入手可能であり、簡単に手に入れられるのである。そして、そのような新しい意味における「知識」とは、効用としての知識、すなわち社会的・経済的成果を実現するための手段としての知識である。つまるところ、成果を生み出すための「既存」の知識をいかに有効に適用しうるかを知るための知識こそが「マネジメント」である。

社会の重心が知識へ移行していった根底にあったものは、知識の意味の根本的な変化であった。我々は、一般的知識から専門的知識へと移行した。伝統的な意味での知識は、一般的知識だった。これに対し、今日知識とされているものは、必然的に高度に専門化された知識である。「教育ある人間」とはゼネラリストのことである。いろいろなことについて、話し、書くために必要なことは知っていて、いろいろなことを理解するために必要なことも知っている。しかし、それだけでは駄目で、何かを行うために必要なことを知らなければならないのである。

一般的知識から専門的知識への転換が、知識に対し、新しい社会を創造する力を与えた。その新しい社会は、専門化された知識と、専門家たる知識人を基礎として構成され、知識人たちに力が与えられるのである。それが知識社会である。

知識社会においては、これまで以上に「教育ある人間」を必要とする。そして、偉大な遺産を理解することが不可欠となる。その遺産は、「西洋文明」、「ユダヤ・キリスト教の伝統」に限らず、他の偉大な文化や伝統も理解できなければならない。東洋の哲学や宗教、そして、宗教及び文化としてのイスラムを理解できなければならない。そして同時に、「教育課程」に見られるような書物偏重主義を克服し、さらに、分析的な能力だけでなく、経験的知覚を持たなければならないのである。

結語

「教育ある人間」は専門化された「知識の知識への適用」を行い、「既存の要素の新しい組み合わせ」を作り出すことが求められる。その作り出す過程においては、社会科学的、経験科学的な思考も必要とされる。新しいアイデアは多くの前提の上に作り出されることもあれば、今まで前提としてきた科学をひっくり返したことによる帰結として作り出されるかもしれない。そして、知(新しいアイデア)の創出は、「社会」「個人」「組織」「個」の四極構造の間で起こる「矛盾」を調和することを目的として行われるのである。

参考文献

history of update
ver.1.01 2004.03.21 correctted some errors.
ver.1.00 2004.02.08 opened to the public.

「知の経営」推薦図書


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